替え玉出来ます

 「替え玉」という言葉の響きは実に胡散臭い。もちろんここで言う替え玉とはラーメン屋で頼むそれではなく、誰かの身代わりになるあの替え玉の方だ。この言葉がよく使われるシチュエーションは受験。お金をもらって身代わりとなり試験を受けるという実に大胆不敵な行為だ。一見、スノーボードの世界とは無縁のことのように思われるかもしれないが、過去に実際に替え玉が大会に出場したことがある。それは国内の大会ではあるが、世界中のトップライダーが集まる「SlopeStyle」と呼ばれる大会で起こった。
 21世紀最初のシーズンに行われたこのSlopeStyleは長野・白馬コルチナスキー場で開催。2001年2月24日、25日とゲレンデ駐車場と特設の臨時駐車場も満杯となるほどたくさんの人が訪れていた。彼らの目的は世界中から集結したビデオスターたち。ざっと名前を挙げればチャド・オッターストローム、ヨニ・マルミ、ボビー・ミークス、ヴィレ・ウィレ・ルオマ、ジョシュ・ダークセン、ケビン・サンサローン、エリック・ライナス、ヨニ・マキネン、ピーター・ライン、MFM、トッド・リチャーズ、クリス・ダフィシー、ダラ・ダキーデス、ブレイズ・ローゼンタール。日本からは橋本貴興、小松吾郎、梶浦修治、山口睦生、佐藤康弘、安藤健次、鎌田 潤、太田宜孝、ライオ田原ほか大勢のトップライダーが参戦していた。大会コースとしても当時まだ目新しかった最先端のスロープスタイル形式が造成されたが、大会自体は初日は雨、2日は大雪で視界不良と最悪のコンディションだった。そこで急遽、2時間のみのエクスプレッションセッションがおこなわれることに。その公開練習中のことだった。がっしりした体格のボビー・ミークスが華麗な滑りを魅せていた。滑りは実にスムースでかっこいい。シルエットが少しひょろっとしていたように思えたけど、滑りは抜群でスタイリッシュだった。その後でボビーに話しかけたら、元々鼻の高いボビーだったけど、もっと鼻が高い。ゴーグルを外すとなんと別人。ボビーに聞いたら、彼はK2のチームマネージャーだと言う。なんということだ。チームマネージャーが出ちゃ駄目だろうという思いよりも、チームマネージャーなのにうますぎだろうという驚きだった。そして本来大会ではあってはならないことだけど、良いのか悪いのか公開練習だったからか、運営サイドからとくにチームマネージャーやボビーに対してとくにお咎めは無かったと記憶している。
 当時、替え玉として出場したのはK2のチームマネージャーだったブライアン・クレイグヒルという男。K2のチームマネージャーを1年勤めた後、クイックシルバーのブランド兼チームマネージャーを約9年、その後Nikeに移籍してグローバルブランドマネージャーを3年、北米のNike SBのブランドディレクターを4年、そして現在は北米Nike+のブランドマーケティングディレクターと北米Nikeスポーツウエアのブランドマーケティングディレクターを兼任している。
 ちなみに1992年、ISF公認のワールドカップが北海道のルスツで開催されたとき、ジェフ・ブラッシーとショーン・パーマーがブーツ以外全てのギアを取り替えて出場したことがあるらしい。結果的にはふたりとも失格になったらしいけど、おそらくスノーボードの歴史の中でいちばん古い替え玉事件だろう。まぁこの先、替え玉なんて大胆な悪戯をする人は出ないとは思いますが。

-AY

 


Nikeが手掛けたスノーボードムービー『Never Not』。ブライアンはこの作品のエグゼクティブディレクターも務めた。

 


当時K2の看板ライダーだったボビー・ミークスは、ひょうきんなキャラクターと人懐っこい性格で日本でも人気のライダー。

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