赤道直下のウガンダからきたスノーボーダー

 毎日、暑い日が続いてる。このコラムを書いている今夜も30度以上のいわゆる熱帯夜というやつだ。クーラーがなくてはとてもじゃないけど眠れない。夏が近づくにつれ、スノーボーダーは完全にオフモード。書店では真夏にスノーボードのカタログ号が並ぶけど、やっぱり頭はまだまだ冬に向かいにくい。冬にどうするかよりも、いま考えてるのはこの夏何して遊ぶかってこと。海に行くか、キャンプか、川遊びか、BBQも悪くない。そう考えるのは日本人だけじゃなく、北米もヨーロッパのスノーボーダーも基本的に同じ。でも地球は丸い。南半球のニュージーランドやオーストラリアはまさにいま、真冬を迎えている。と、いろいろと夏のスノーボード事情を考えてみたけど、今回のコラムの話は夏の話でも、南半球のスノーボード事情でもないのです。
 今回のお話は赤道直下の国、アフリカのウガンダで生まれ育ったひとりの青年の話。12歳になるまで本物の雪を見たことの無かったその青年の名前はブロリン・マウェジ。彼は2018年の平昌冬季オリンピック出場を本気で目指している。赤道直下のウガンダには雪は降らない。彼の母親はブロリンが2歳のときに家を出た。そして10年後に戻り、ブロリンと妹たちを連れてアメリカ・マサチューセッツへ。そこは母親が家出中に住んでいた町だった。14歳のとき、放課後のプログラムの一貫で初めてスキー場を訪れ、彼の人生は変わった。ブロリンはスノーボードにハマり、1日6時間から8時間滑り続けた。小学校のときに出会った友達と大学もソルトレイクを選択し、スノーボードを続けることを決めた。大学で薬学を学びながらも大好きなスノーボードができるように。正直言ってブロリンのレベルはとてもじゃないけど、オリンピックで通用はしない、いまのままでは。だけどブロリンもそのことは十分理解している。それでも彼はオリンピック出場を目指している。なぜか。それはウガンダに住む子どもたちがオリンピックへ出場できるんだという夢をみせるため。大学へ通い、勉強しながら好きなことをして生きることができるという夢をみせるため。自分のためだけにオリンピックを目指しているわけではないというブロリンの言葉の重みは並大抵じゃない。来年おこなわれる平昌五輪でウガンダ初のスノーボード選手としてブロリンが出場してくるのを楽しみにしている。
-AY

 


ウガンダ出身のスノーボーダー、ブロリン・マウェジの半生を描いたドキュメンタリー。

 


Redbullが制作したブロリンのドキュメンタリーシリーズのパート1。

 


パート2はバックカントリーキッカー編。

 


パート3ではソチ五輪の金メダリスト、セージ・コッツェンバーグとのセッションを収録。

 


ブロリンは2016年のDew Tourのスロープスタイル、フォアランとして招待された。その時の動画がこちら。

 

アフリカ スノーボード africa snowboard

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