はじめました

 
 みなさんこんにちは。しばらくこちらで書かせていただくことになりました。とりあえずこの場を借りてVHSSNOWのコラムに参加させてもらってありがとうございます。それでは、まず私の自己紹介をさせてもらいます。これを読んでいる人の中には私のことを知っている人もいると思いますが、ほとんどの人がそうではないでしょう。私は自分のことを話すのがあまり好きではありませんが、ここでは少し私のバックグラウンドについて話そうと思います。少々ご辛抱をお願いします。
 私の名前はジョエル・フレーザー。おじさんスノーボーダーで、かれこれ20年間、レンズ越しにスノーボードのドキュメントを撮ってきたフォトグラファーでもあります。15年間CAPiTA、UnionそしてCoalと(個人的にカスタムプロデュースとも)一緒に仕事をしてきました。私がスノーボードを始めたのは'80年代半ば。その時からいろんなことが変わってきました。私がスノーボードを始めた時代はほとんどのスキー場で滑ることが許されていませんでした。その上、1枚の雪の板で滑っていた僕らは嫌われ馬鹿にされてきました。それからあっという間に20年が過ぎ、嫌われ者だった僕らスノーボーダーやスケートボーダーがオリンピック種目に選ばれ、最先端と呼ばれるようになりました。あちこちで追い出され、暴力によって脅かされ続けてきた時代は今や過去の話。トレンドは移り変わってきたけれど、変わらないこともありました。それはバックカントリーのパウダーを滑るフィーリング、友人と共有する最高の時間、未知の世界の開拓する高揚感、そして雪の降る時の静けさ。
 これらがこの20年間、私のモチベーションとなっていました。(最初の10年は子供のように遊び、スノーボードにのめり込み、1996年には初めて自分の写真が雑誌に載りました)そして日本に対する愛情も増しています。それまで何年にも渡り、世界中の雪山をたくさん訪れてきました。その中でも私は過去10年間に17回日本を訪れ、今や日本は第二のホームと思うようになったのです。本当にスノーボードに感謝しています。今では仲のいい日本人の友達がたくさんいます。何年も前に初めて日本を訪れた時から、日本のカルチャーに感銘を受けました。そして同時に北米独特の傲慢さやナルシストな国民性が私の中で崩壊していきました。エゴからの離脱、そしてカルチャーに対するリスペクトの心(これはそんなに難しい話ではなく、以前から北米特有の周りを気にしない大きな声と横柄さ、そしてせっかちな振る舞いに疑問を抱いていました)。それに引き換え、日本文化が昔から持っている謙遜の美学が周りを支え協調する素晴らしいカルチャーを形作っていました。その影響はスノーボードシーンにおいても誰かをスノーボードの上手さで推し量ることのない最高のヴァイブスをもたらしていました。
 次回のコラムでは私自身のことよりももっと興味を引くことを書くことを約束します。今シーズンは約2ヵ月ほど日本で過ごすつもりです。またどこかでお会いできれば幸いです。私は背の低いカナダ人で、温泉に肩まで浸かってタトゥーを隠しています。日本語はまだ勉強中なので、お手柔らかにお願いします。

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ジョエル・フレーザー / JOEL FRASER Facebook Instagram Websiteジョエル・フレーザー
JOEL FRASER

CAPiTAのフォトグラファーとしてライディング、ライフスタイルなどの写真を撮り続けているジョエル・フレーザー。変態ワードのパンチラインやユニークな性格とは裏腹に、仕事はきっちりこなす真摯な男。日本にホーミーが多く、日本語のスキルも絶賛向上中。

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joel fraser ジョエル フレーザー
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